Rider's high - 第6章

「孝士くんは?」
「えー、今買い物を・・・、なんかシャンプーとか買ってくるって・・・」

そうこう話しているうちにコンビニ袋をもった、タカシくんが帰ってきた。見知らぬ土地の駐車場で、タカシくんと、お母さんと、汚いバイク乗りが、バイクの置き場所やら、荷物がどーのこーのやらと。そして、マンションの10階のタカシくんの実家へ。タカシくんにとって、遠く離れた家族の住むところ、そして、突然やってきた汚いバイク乗りにとっても、久々に感じる家庭の匂い・・・

「えらかったやろー、ほれ、荷物、そこ置きんさい、はい、これ飲みんさい、はい、コップ」
「あ、すんません」
家に入るやいなや、荷物を置き、冷えたビールを差し出される。
「そんじゃー、お疲れさまー」
「・・・、・・・・・・うぇー! うめぇー!」

さ、最高だっ!ドクドクッと、イッてしまいそうに最高だ! ここは岩国。東京でも、神奈川でも、北海道でもない。山口県岩国市の、とあるマンションの10階の、茶の間のテーブルの前。そんな、今でに体験したことのない、この時間と空間の中で、こんなに旨いビールを飲んでいるオレは、やっぱりハッピーだ。

1000km走った体にビールが回る。血管が膨張しファンキー度は上がる。でも、おバカにはならない。だって、タカシくんのお母さんが居るから。

「ねえ、大丈夫だった?雨凄かったん?あれ、湖でみんな溺れたって。凄かったんよ」
「へ?いや、知らないなぁ。雨はひどかったけど」

どうやら事故があったらしい。たしかに、クソ食らえってほど雨が降っていたから、何処かで災難に遭遇している人は居るはずだ。おかあさんの話じゃ、どっか関東の湖で、かなりの人が流されたらしい。まあ、そんな事件、バイクに乗ってる俺には全く耳に入らなかったが。

「お風呂入れてあるから、入りんさい」
「ああー、ええわー、銭湯行くから」
「えー、銭湯ー? だってお湯入れてあるんよー、孝士くん」
「いいって、風呂狭いから、銭湯行くって」

ラフな格好に着替えて、そそくさとエレベータに乗り込む。夕日は沈み、紫色の空の下、気持ちのいい風が体を包み、去って、また包み、去っていく。走っている時の、圧力を感じる風とは、同じ物質でも感じ方は全く違う。やわらかく、やさしく、ここちよく。

「あれー閉まってるなー、違う店行ってみますかー」

・・・そう、そうなのだ。無いのである。今年の夏、バリ島に行った時に、行きの飛行機の中か、空港のバックルームか。「ングラライ空港」に着いたとき、簡易型の鍵を掛けていたボストンバッグには、なぜか鍵が無かった。ホテルの部屋で中を確認すると無かったのである。
最初は部屋に忘れたのかと思ったのだが、旅行を終えて部屋の中を探しても、やっぱり無いのである。なんで?って考えても、分からないのである。他に盗られてもいいようなモノはあったのに、なんで?

気に入ってたのに、残念だ。

「おっ?この店は?」
閉店間近の店に入ると、奥からオヤジが出てきた。ジャガイモ顔のおっさんだ。
「おっ、これなんかいいんじゃねーの?」
「あはは、これー? ふぁんきーさん好みだなー、いいんじゃないっすかー?」
「これ、いくらですかー? 1000円?? あっ、じゃあこれ下さい!」

すぐにお気に入りを買うことが出来て、気分のいいまま銭湯を探す。目指すは混浴露天だ。
「あー、閉まってるなー、じゃあ、もう1件あるんで、そっち行きましょう、電気風呂って知ってます?」
電気風呂?電気イスや電動こ△しなら知ってるが、電気の風呂なんて初めてである。一体なんなんだ?浴槽が電気の力で回転するのか?それとも浴槽の中をたくさんの照明が照らしているのか?

・・・なんて、適当な想像をしながらのれんをくぐる。銭湯なんて、小学校1年以来お世話になってない。銭湯チックな温泉ならあるが、町の銭湯なんて・・・、そう、カツゲンとか、パイゲンとか、ビンのコーヒー牛乳とか、そんな奴らが、白っぽいショーケースの中で輝かしくオレを見つめていた、懐かしい雰囲気を想像する。

番台のおばちゃんに銭を渡すと、また頭の中に「電気風呂」がよぎった。ナイター中継の流れる脱衣所で服を脱ぎながら辺りを見回す。普通の銭湯だ。「電気」を使った特別なモノは見あたらない。やっぱり風呂場へ行かなければと、扉を開けた。

「うひょー、いいねー」
「ふぁんきーさん、ふぁんきーさん、電気風呂、電気風呂!」
ん?、これが電気風呂か? どれどれ・・・
「ううっ、ななっ、なんだっっ?!ビリビリくるぞ」
ビリビリ、ビビビ、ビーンって感じで筋がつる。幅1m位の浴槽の壁に電極があって、そこに体を近づけると電気が走って何とも言えない感触だ。

「うおっ!こっ、これは凄いっ! どれどれ、じゃ、こんなのはどうかな?」
「あはは、何やってんですかー? あっ、あほやー!」
息子の先っちょがビリビリと、ななっ、なんとも凄い!
「お、ぉぅぅぅっ!」

ガキだ。なんか、子供に戻って楽しめるなんて、やっぱ男ってのはガキだ。サイズはガキより成長しているが、でも、女なら、こんな場合、どうやって楽しむのだろう・・・??
オレたちの行動を見て、オッサンも電気風呂を楽しんでいる。悲しいかな、やっぱり男はガキだ。

汚れた体をきれいに洗い流し、脱衣所の扇風機の風を浴びる。残念ながら、カツゲンもパイゲンも、そして、マッサージイスも、頭に被るようなドライヤーイスも無かったが、気持ちよく銭湯を出て、夜の岩国「有楽街」を散歩する。
なんとも気持ちのいい風だ。オレの大好きな、真夏の夜の、優しく、でも、なぜか心を熱くさせる要素を持っている風だ。

「いいなー。風。気持ちいいなー。」

夏だからか、それとも、久々の開放感からか、とにかく気持ちがいい。全身が感じている。そう、なにも、セックスだけが気持ちのいいモノではないのだ。オレはそう思って生きている。・・・・・・そんなことはどうでもいい。

ゆっくり歩き、マンションのエレベーターで10階へ、タカシくんの実家へ戻った。

・・・ヨシオが居た。

「おっ、帰ってきたか」
「あっ、こんばんは、ふぁんきーです。お世話になります」
「よし、それじゃあ、飯食いに行くか、なあ、孝士、どこ行く?」
父ヨシオと母セツコ。息子のタカシくん。家族団らんの夕食に、おまけのバイク野郎のタケシくん。タカシくんとタケシくん、なんて、紛らわしいったらありゃしない。おまけに父ちゃんは、ヨシモトヨシオだ!!イニシャルはY.Yだっ!

そそくさと支度をし、さっきまで風を感じていた有楽街を横切り、駅前通り近くの焼き肉屋で御馳走になる。ビールに、肉に、キムチにご飯。
平日の夜だからか、店内にはほとんど客がいない。田舎の店なんてこんなもんかな。そんな客の居ない店内に、4人の声が響きわたる。

「ほれ、食べんさい、これ、タケシくん」「ほれ、飲みんさい、はい、ビールは?」「孝士くんも、ビール飲みんさい」「ほれ、食べんさい、これは?、はい、これも」「はい、おかわりいる?」
怒濤の如く次々にお母さんが勧める。うれしいけど、お腹いっぱいです。もう食えません・・・
でも、どこかオレの母親と似ている。世話焼きなところか?

オレの母さんも、心配性で世話焼きで。高校の時、不良になるのが心配で、コッソリ登校するオレをつけてきたらしい。当時はそんなこと知りもしなかった。友達を連れてきた時は、そう、こんな感じだな。

セツコのおかげで、たっぷりと肉を食い、ビールを流し込んだ4人、いや、セツコはあまり食っていないが、4人は、客のほとんど入らなかった焼き肉屋をあとにして、ヨシオとセツコの愛の巣へ戻る。

再び茶の間のテーブルの前に座ったおまけ付き家族3人は、缶ビールを飲みながら、同じ会社の社員としての会話、東京でのタカシくんの事など、しばし団らんを、そして、疲れた体をゆっくり休めるため、それぞれの寝床へ。ゆっくりと、深く・・・


第5章へ    第7章へ