Rider's high - 第5章

異次元の戦士を何とかやり過ごしたオレは、お気に入りのKENT ONEを口にした。やはり、飯を食った後の、そして外で吸う一服は、なんとも言えないくらい美味い。体に悪いかもしれないが、まあいいだろう。人間死ぬときは死ぬんだ。簡単に考えてはいけないことだが、ガチガチに固めなくても生きていける。柔よく剛を制すだ・・・

バイクに跨りながら、ケータイ電話を取り出す。「着信あり」の表示だ。

「ヨシモトか。全然分かんねえな、やっぱ」
バイクに乗っていると、ケータイ電話の音なんて聞こえやしない。何時間も走り続けると、彼女からの大切な電話にも気づくことはない。それが原因で喧嘩することもあるのだっ!。困ったもんだ。

まあ、もっとも昔は、こんな便利なツールはなかったのだ。ファンキーなバイク乗りが、生まれ育った北の大地で走っていた頃は、まさか自分がケータイ電話を持ち歩いて生活するなんて想像もしなかった。それが今では、あって当たり前のツールなのである。まったく、時間の流れってのは、なんとも早いモンだな。

「おー、ヨシモト? 今飯食ったとこ。えー? うんとなー、備前ってとこかな?」
「あっ、まだ着いてないんですか。高速降りたんっすか?」
「ああ、道間違えちゃって、降りちゃった。腹も減ってたし。なにしとん?」
「今友達の所なんですけど、ふぁんきーさん、明日キャンプします?」
「キャンプ? なに?どんなメンツ? 高校の友達かー。オレなんて入っていいのか?」
「いやっ、全然構わないっすよ。いいですか?」
「そうか、オレは別にいいよ。で、なに? 野郎ばっか? あっそ、ふーん、そう、まっ、いいね」
「何時頃になりますかねー、今日うちの親と飯食いに行きません?」
「うーん、たぶん19時頃かな? いいよ。うん、そんじゃ、後でな」

本当に便利である。ウルトラマンやスタートレックで、腕時計形やバッジ形のツールを見て、いつかはそんなの欲しいなーなんて思っていた頃が懐かしい。これがあると、この異次元でも、現実の世界と会話が出来るのである。
でも、やっぱり「言葉」だけでは物足りない。人間と人間のコミュニケーションは、もっと深くて、温かいものである。

「さあ、そろそろ行こうか、Drag Starよ!」
ここはコンビニの駐車場。ファンキーなバイク乗りと夕日色の鋼の馬は、本来の居場所である道へ。そろそろ一般道から高速に入らなければ。

ブリバリいわせながら少し走ると、前方に備前インターの表示が見えた。いつものようにゲートをくぐる。High Wayと再会だ。
「いやっほぅー!さあ!!かっ飛ばすぜぇー!!」
頭の中のスイッチは自動的に"RIDER'S HIGH"に切り替わる。あとは岩国インターの表示が見えるまで、ひたすら飛ばすのみである。雨も降らない。渋滞もない。道は空いている。天は我に味方した!

ファンキーにひたすら走る。岡山、倉敷、福山、全部ぶっちぎる。でも本当はぶっちぎりたくない。異次元の情景をもっと堪能したいのだ。こんな田園風景は今の住みかの近くには勿論のこと、生まれ育った北の大地にもない。大自然はあったが、心に受ける感覚の種類は、違うモノである。そしてここの感覚は、オレの心を和ませるのである。

しかし時間が足りない。走らなければ。広島東インターに差し掛かると、インターを降りる車で渋滞している。廿日市でも同じだ。もっとも、一番左の車線だけなので走行には影響ない。わざとローリングして、渋滞でいらついている箱の中のモンキーどもを挑発しながら走り去る。

大竹のトンネルに入ると4年前の九州ツーリングの情景が、少しずつ脳裏から蘇ってくる。もうすぐだ。岩国は。
大竹インターを過ぎると、次は岩国、少しずつスピードをゆるめる。そして、岩国インターのゲートへ。
「サンキュー、山陽高速! 快適だったぜ!」

インターを降りて最初の交差点を右へ、しばらくすると、錦川と一緒に走る。
岩国は以前訪れたことがある。会社の、なんだっけ?安全衛生大会だったっけな? そう、製造業のそんなやつだったな。別府へ出張して、その帰りに岩国工場へ寄って。別に大した想い出にはなっていないが、でも、初めての九州だった感動もあって、そのときの情景が蘇ってくる。

標識を見ながら、岩国駅を目指す。夕映えが綺麗な時間だ。適当によそ見をしながら、ゆっくりと、そして確実に岩国駅に近づいていく。

「おっ? この道は・・・そうそう、アルファワンってホテルが・・・あったあった、イエーイイ」
岩国駅だ。懐かしい。一度しか訪れていないのに懐かしいと思えるなんて、少し不思議だ。駅前ロータリーを回り、歩道へ、そしてキーを回し、働き続けた相棒に束の間の休憩を。

ヨシモトに連絡する前に、まずは一服である。汚い格好の、川崎ナンバーの、でも最高にかっこいいバイクに跨った変な男は、この町でもっとも人通りの多いと思われる場所の、ガードレールの最上段に座って、ゆっくりと一服を決め込んだ。地元のヤンキーもビックリだ・・・

「ふー、着いたー。・・・夕映え、綺麗だなー・・・・・・夕焼けも・・・いいなー・・・」
周りを行く地元人の、ちょっと変な人間を見る視線を感じながら、偽物のG-SHOCK、そう、韓国で買ってきたやつで、外にはC-SHOCK、中にはS-SHOCKと書いてある、2万もした、といっても2万ウォンで、円換算すると2千円の代物だ。そいつに目を向けると、19時3分。最高に計算通りだ。

「もしもし? おー、今着いたー。うーんと、駅前ロータリーのガードレールの上」
やつはすぐ近くに居るらしい。迎えにくるまで、ゆっくりとした時間の流れに身をまかす・・・

しばらくすると、横断歩道の向こうで見覚えのある顔がニヤニヤしている。
「お疲れさまー! よく来ましたねー!」
「おー、時間通りだろ! いや、あんま疲れてないけど、どっちよ?」

ヨシモトの家はすぐ近くにあるらしい。なんだ、駅前のマンションに住んでるなんて、いい条件じゃないか。適当に誘導されて、マンションの近くまで。
「あ、ふぁんきーさん、おれシャンプーとか買ってきますから、あのマンションの駐車場に入れて下さい、すぐ行きますんで」

出来たばかりのような作りの小綺麗なマンションの駐車場へ。壁際にバイクを停め、荷物を下ろす。ふと気が付くと、駐車場の奥の方から、気難しい顔で凝視しながら、ゆっくりと、おばさんが近づいてくる。

うっ、やばいっ、きっとここの管理人だっ! こんな風貌の、とてもマンションの住人には見えないオレが、勝手に駐車場に入り込んで、おまけに荷物を下ろしているなんて! 不法侵入、いやっ、不法労働者に見られてもおかしくないっ!!

「・・・やばい、おっ、怒られる。ちくしょーババアなんて怖くないぞっ!!」

そう心の中でつぶやきながら、開き直ってクールな目でおばさんを見つめ返した。来るなら来い!!

「ヨシモトですが、ふぁんきーさん?」
「☆△×!! あっ、ハイ、そーです」
「あらー、よく来たねー、えらかったやろー」


・・・・・・・・・勘違いしてごめんなさい。


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