Go to south - 第4章

「さーてと、それじゃあ行ってみるか!九州最南端へ」

歩道上で地図を広げ、ルートを考える。ふと顔を上げると、道路上の車の中から、おばはんが変な目で見ている。が、そんなことはお構いなしだ。しかし、たまに通る女子高生にはちょっと興味を示す。まったく、オレもまだ若いな・・・。

ゆっくりと地図で検討すると、どうやら九州自動車道に乗れば順調に南下できるようだ。東名川崎からここまで全て高速を使ったんだ、今更節約するのも、アホくさい。

「よーっし、とりあえず、乗るか!!」

門司から北九州道路に乗る。地図上で見る限り、そのまま八幡まで走れば九州自動車道と合流できる。既に日差しも強くなり始め、車のウィンドウに反射した光が眩しい。塀の向こうには、家並みや工場らしき建物と煙突。ごく普通の町並みではあるが、目に映る景色は全てが初めてで、なんとも新鮮な感じだ。
しかし、渋滞気味で排気ガスがクサい。そうだ、今日は平日。既に朝の通勤ラッシュに紛れ込んでしまっていた。周りの車は地元ナンバーばかり。川崎ナンバーの軽装のバイクを、これから仕事へ向かう普通の人は、どんな感じで見ているのだろう?

とりあえずぶっ飛ばして、なんとしても今日中に九州最南端へ行かなければ。遅い車を適当に交わしながら九州自動車道へ合流した。
気温の上昇と、車から出る熱、そして強烈な日差しで、道路上はだいぶ暑い。少しスピードを上げるが、オレのヘルメットはエアインテークの付いてない旧タイプ、全然風が入ってこない。

気温はさらに上昇し、日差しも強烈。フルフェイスの中で、汗が噴き出す。

「あー、なんでこんなメット被ってるんだろ」
アメリカンヤローが半キャップで気持ち良さそうに走ってる。そんな姿を見ると、バイクとの関わり方をちょっと考えてしまう。フルフェイスのヘルメットと、それらしい格好で乗るのは、なんか、ちょっとね。

ひたすら走ると、標高が少しずつ高くなってきた。が、それでも気温は下がらない。こんなに暑い夏は、オレの今までの人生には存在しない。でも、スッゲー楽しい。夏はこれじゃなきゃ!

「ん?なんだ?」
順調に流れていたのに、急に渋滞気味になる。「この先1車線」の道路標識が見える。なんだなんだ?1車線の高速道路か。仕方なく1車線を遅い車の流れと同化して走る。

「・・・暑い。・・・ダメだ。すり抜けしよう」
こんな暑さの中をフルフェイスでちんたら走ってたんじゃ、熱射病になっちまう。わりーけど、お先に。

しばらくすり抜けをすると、再び2車線に復帰した。流れが良くなった道路を、再びスピードを上げて先へ急ぐ。

「うーん、そろそろヤバイかな〜」
そう言えば、関西を走っていたあたりから、チェーンが伸び気味だった。ホイールベースを伸ばして、騙しずつ走ってきたが、どんどん伸びているようだ。長距離を走る予定ではなかったので、チェーンオイルなんて持ってきていない。おまけに高速ばかり走っているので、バイク屋へ寄ることもできない。このまま走るのはかなり危険な状態になってきた。

なるべく急なトランクションを駆けないでチェーンをいたわりながら、やっと加治木まで走りきり、高速を降り、とりあえずコンビニへ。

とりあえず、おにぎりとコーラで昼食だ。

「うー、暑い。ホントにすげーな。」
全身から汗が噴き出してくる。止まっていると暑いので、メシもそこそこに、そそくさとバイクを走らせる。しかし、走ると頭が暑い。フルフェイスをこれ程恨んだのは初めてだ。すり抜けをしたいが、道は荒れていて、狭い。まあいい。とりあえず、チェーンオイルを仕入れなければ。
しかし、自転車屋はあるが、バイク屋がない。やっと見つけた店も、スクーターとカブが数台置いてある小さめの店だ。

「すいませーん。チェーンオイルありますか?」
「あるけど、業務用のヤツしかないな」

おやじさんが持ってきたのは、結構デカいスプレー缶だった。
「いくらですか?」
「1500円!」

ツーリングで使うにはデカすぎるが、まあ、必要なものと割り切った。早速疲れ切ったチェーンにオイルを注す。ついでにホイールベースも伸ばす。

「さーて、どうすっかなー」

歩道にバイクを停め、地図を広げる。地図上で見ると、九州最南端まではそれほど距離はない。夕方までには到着するだろう。

ここから先は一般道だ。R220を南下しながら、少し南国チックな風景を楽しむ。遠くに桜島が見える。テレビでしか見たことのない桜島が、自分の目の前にそびえ立っているのを見ると、ずいぶん遠くまできたもんだと実感する。
「この際桜島も制覇しようかな?」
そんな企みが頭を過ぎるが、まずは九州最南端を制覇しなければ。

さらに南下を続け、のほほんとした町中を走る。少し西に傾いた日差しと、フェニックスの街路樹、温かい風、穏やかな商店街。なんとも気持ちのいい町並みだ。
そんな制限速度40km/hの道を、地元の車はみんな30km/hで走っている。
「なんだなんだ?もうちょっと早く走ってくれないかな〜」

こっちがそう思っても、みんなゆっくり走っている。道が狭いので、すり抜けもできない。

「う〜ん、う〜ん・・・、う〜ん・・・。まあ、いいか・・・」
これが南国か。なんか、焦って走るのがアホくさくなってしまった。こんな雰囲気で、ゆっくりと周りを感じながら走るってのも、いい。それにこの景色は、オレの心を和ませてくれているじゃないか。
「なんか、優雅だな〜」

ゆっくりと回りの雰囲気を感じ取りながら走る快感に浸りながら、幾らかの町並みを過ぎ、数時間走って最南端の佐多岬へだいぶ近づいてきた。

「あと20kmくらいかな?」
そう思って走るが、どうも道を間違えたらしい。ここら辺の道路標識は、なんとなく不親切だ。まあ、地元の人々にとっては必要ないと思うが、半年前まで北海道に住んでいた人間にとっては、どうも馴染めない。当然、道路地図は全国版なので、ローカルな道は表示されていない。
海は近いと分かっているのに、なぜか山道を走っている。こうなったら自分のカンを信じて進むしかない。

しばらくして、ちょっと大きめの道へ出ることができた。しかし、佐多岬の方角は西になっている。どうやら峠越えをしたらしい。まあいい、あとはこの道へ沿って走れば着くだろう。
案の定、10分くらいで佐多岬への有料道路入り口へ着いた。
「やったー、とうとうここまで着たぞー!」

目の前には有料道路の入り口。でも、なんか変な雰囲気だ。出口側の門は開いているのに、入り口側の門は閉まっている。
門の脇にある説明書きを読む。
「・・・なに?6時閉門・・・・?今は6時15分・・・。なに?もうダメ??」

・・・。・・・ダメっぽい。

さあどうする?明日の朝まで待つか?いや、それは出来ない。こんな軽装で、こんな僻地で一泊している余裕はない。元々富士山に行く予定だったのに、神奈川を出てから27時間。九州最南端を目指し、そして、目標達成10km手前で、九州最南端制覇を逃した。

「ちくしょー、今度来るときは、絶対最南端制覇してやるからな!」
そんな捨て台詞を残して、仕方なく北上する。どこで間違えたのか確認しながら今度は海沿いを走る。道を間違えなければ間に合ったのに、まあ、仕方ない。こんな事は日常茶飯事だ。笑い話で済ませりゃいいさ。

西の空には沈みそうな夕日。なんともイイ景色だ。最南端へ行けなかったが、それ以外の景色はとてもイイ。穏やかな波と白い砂浜。夕方だというのに、まだ地元の若い奴らが海で遊んでいる。北海道じゃあ考えられない日常だ。道路脇にバイクを停め、夕日を眺めながら一服する。

「今日はどこに泊まろうか。まあ、全然眠たくないから、走れるところまで走ろうか」

再びバイクを走らせ、海沿いの道をテンポ良く楽しむ。
そのうち夕陽は沈み、辺りは少しずつ暗くなる。ゆっくりと、来た道を逆戻りして、今度は夜の景色を楽しむ。来るときにチェーンオイルを買ったバイク屋の近くで、花火が上げられていた。夏祭りだ。
「あーあ、誰か一緒にお祭りでも行ってくれないかなー」

グチりながら、歩道を歩くカップルを恨めしそうに見る。
「ちくしょー、ここはオレの居る場所じゃねーな」
さあ、どこへ行こうか?

「・・・そうだ、八代でも行こうか!」
八代には会社の工場がある。以前出張で別府へ来たときには、八代工場へは立ち寄らなかった。

そうと決まれば走るだけだ。行きは高速ばかり使ったので、帰りは下道で頑張る。すっかり日も暮れて田舎道はかなり暗い。でも、車が少なくてとても快適だ。

ひたすら走り、ちょっと一服したくなった。ところどころ民家のある田舎道。何か飲みたかったので自動販売機を探す。ゆるいカーブの中間に、民家に併設されていた自販を発見、路肩にバイクを停め、缶コーヒーとタバコで一服。

ふと、夜空を見上げた。走っているときは走る楽しみで気づかなかったが、結構きれいな星空だ。
「なんか、いいなー。九州のど真ん中で星見てるなんて、すげー」

北海道とも、東京とも違う星空。同時に見える空は同じなのに、感覚的に違うんだよな。
北海道の田舎で見る満点の星空と比較すると、見える星の数はかなり少ないが、それでも星空ってのは、なにか、人の心を引きつける。

「さーて、行くか!」
再び八代を目指して走る。何とか今日中に八代へ入りたい。別に今日中じゃなくてもいいが、何となくけじめとして今日中なんだ。

左手に川が流れている。ほんのりと照らす月明かりが、あたりの風景を想像させる。道は狭いが、きっと昼に走ると気持ちいい道なんだろう。
少しずつ標高が下がり、遠くに街の明かりが見えてきた。八代だ。時間は12時前。とりあえず目標達成だ。

「さーて、工場はどこかな?」

工場の煙突が数本見えている。海の方と、違う方。まあ、海の方はたぶん石油関係だろう。とりあえず違う方へ行く。道は狭く、街並みもなんとなく古くさい。昭和40年代?を思わせる繁華街だ。

「おっ、これか」
すぐに工場の正門を発見した。製紙工場の正門は年中無休だ。24時間操業の工場ってのは、大変だ。なにがって、まあ、経験者だからね。

とりあえず工場を一周してみる。すぐ近くに家もる、製紙工場の城下町って感じだ。日本の各地に、こんな感じの工場の城下町(場下町)がある。自分の育った町もそうだった。

田舎の工業都市ってのは、どうも灰色のイメージがある。自分の育った街は、灰色そのものだった。もちろん、他の色を感じられる瞬間もあるが、それはほんの一瞬で、気が付くと再び灰色の街になっている。
オレはそれがイヤだった。なんか、灰色の空間に閉じこめられているようで、その狭い空間から、いつも抜け出したいと思っていた。
「この空間の外には、色鮮やかな華やかな空間が広がっているんじゃないか?」
そう思い、車やバイクで、見知らぬ土地を走り回って、それで満足していたのかもしれない。
ただ、その行為だけでは、自分自身に内在する根本的な問題は、何も解決していなかったが・・・。


「あーあ、昼だったら工場内に入れたのになー。まあ、何となくわかったから、次行くか」

さあ、どうしよう。元はといえば富士山へ行く予定だったのに、九州まで、それも最南端、いや、最南端一歩手前まで来てしまったんだ。装備が非常に軽い。当然、寝袋もテントもない。全日本地図とカッパと・・・どう見ても日帰りライダーだ。

「九州はちゃんとしたツーリングでいつか来よう!」

またいつか、ちゃんとしたツーリングで来ることを心に誓い、今回は早々と九州を脱出する事にした。地図でルートを考える。高速はもう使いたくないので、下道で、なおかつ峠は避ける。こんな装備で、知らない土地の夜の峠を走るのは、もしもの事を考えると、ちょっと怖い。

「3号と200号だな」
夜なので、町中を走る道でも渋滞や暑さとの戦いは無い。そうと決まればひたすら走るだけだ。もう九州には用はない。幸い、眠気も襲ってこない。街並みと田舎が程良くミックスされた道を、うっすらと見える景色に脇見をしながら、ひたすら走る。

「まあ、朝には海峡だな」


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