I'm unemployed - 第1章

・・・あれは確か・・・、2001年の夏のことだった・・・


「ふ〜。。。これでしばらく来なくていいな。」

失業保険をもらうためには、1月に1回は職安へ出向かなければいけない。だから、次回は1ヵ月後。

平日の昼間の新横浜。職安の束縛から解放されてニヤニヤしている男と、夕日色最高号が走る。もう7月。日差しは強く、最高だ。
横浜に住み始めて、約1ヶ月。川崎時代にも何回も走っている道。でも、平日のこんな時間に走るのは、つい最近になってから実現できた、新しい時間。休日の、デートの車で混雑した雰囲気とは違う、なんとも不思議な感じだ。

初めて新横浜へ来た時は、まだ開発途中の新しい街だったのに、今はだいぶ整備されて、都会の雰囲気を十分に感じさせている。そんな都会の中の職安には、オレと同じような「ぷー」どもが溢れかえっていた。まったく、この不景気はいつまで続くのやら・・・。

ただ、オレの心は、無職の淋しさなど微塵も無かった。あるのは、この先にある期待と、有り余る程の時間。
そんな、急ぐ必要のない、今の生活。ゆっくりと、ゆっくりと、青葉区の、新しい「ボロアパート」へ。

「さてと、今回はこんな感じで行ってみよう!」

以前より考えていた積載方法を、今回のツーリング、いや、「旅」で試すことにした。ホームセンターで色々なコンテナを物色し「引き出しタイプ」を考案したが、結局満足いかず、単なる普通の押入れに入れるようなコンテナになった。

「ま、いいでしょ」

最初からウマくなんていかない。オレの生き方は「とりあえずヤッてみる」ってな感じ。何事も勉強だ。
「しかし、単価高いよな・・・」
失敗しまくった残骸を全部あわせると、結構な出費だ。まあ、そんなもんだ。

念入りに洗車して、荷物を積み終える。空は夕日色。部屋に戻り、風呂に入りながら、ビールとタバコ。そして、「全日本道路地図 MAX MAPPLE」を見てニヤける。そう、今まで使っていた全日本地図は、既に5年以上昔のもの。ボロボロになって、実在する道路も、地図上には存在しなくて。

「いいね〜」

この先に広がる狭い日本の中の無限大の旅路を想像しながら、ベッドランプを消した・・・。




「う〜、いい天気だね〜!」

最高だ。真夏の女神は、いつでもオレに微笑んでくれる。この先の、オレにとっての新しい世界を歓迎しているような日差し。
やっぱ、オレは、夏の男だ。

今回は今までに無い長旅。重要な書類や通帳、パソコンなどを部屋の秘密の場所に隠し、そして、夕日色最高号の待つ屋根付駐車場モドキへ。
コンテナを積み、防水ザックを載せ、テントに着替えも。何年もの付き合いのボロボロのタンクバッグもセットして、なかなかの積載量の相棒、「Drag Star 1100」に跨り、V-TWINに火を入れる。

「さ、行こうか、相棒」

駐車場を出て、左、右、左で、もう国道246号、そして、500mも走らずに東名横浜青葉インターへ。
向かうは、唯一決めていた方角、西へ。

広くて新しいゲートをくぐり、既に80km以下のペースになっている東名高速へ合流した。周囲の車は仕事中。そんな中を、あごを伸ばしてニヤけた男が、軽快なリズムですり抜けをかます。
こんなに荷物を積んでいても、右手を少し捻るだけで、こいつは力強く加速していく。
「ひやっほ〜! 最高だぜぇ!!」

この感覚は、そう、初めて九州まで行った、あの時や、大雨の中、岩国までぶっ飛んだ、あの時と似ている。
全身の毛穴が開き、なんとも言えないパワーが出てくるこの感じ。最高だ!!

「とりあえず首都圏は脱出しなきゃな〜」

もう走りなれている首都圏は、下道を使う必要はない。まだ流れの悪い東名も、厚木を過ぎてからはペースが上がる。
そんな快適になりつつある東名の、追い越し車線を走る、確実に速度超過の車を、後ろから、さらにプレッシャーをかける。
「さっさとどかんかいボゲ!」
普通より早く走っているこいつらは、さらに速いやつの存在を知らないらしい。追い越し車線は追い越しのための車線だ。後ろから速いやつが来たらさっさと退くのが礼儀。

そんなアホどもを、追い越しざまに中指を立ててぶっちぎる。そんなハイテンションで走り続け、御殿場、富士をパス。

「よっしゃ〜、ここらで降りようか」

あっとゆーまに静岡。さすがにガスは底間近。滅多に降りない静岡インターで降りて、とりあえず給油をする。
「静岡って街は、どうも素通りしがちだな〜。駅前とかどーなってんだろ」

神奈川の隣の県なのに、なんとなく知らない街。ま、今回はここら辺から攻めてみることにする。標識を辿って駅前まで行くと、結構にぎやかで、それなりに立派。まあ、別に停まってじっくり見るほどのものではない。適当に素通りし、北へ進路を取る。
「えーと、安倍川ね。広いね〜」
市街地から安倍川を渡り、国道362号へ。すぐに適度な田舎の風景が見え始める。

「おっ、いいね〜」

程よく走り、道幅が狭くなってきた頃、左手に川。ゆっくりとした、日本の普通の川。
ふと路肩に相棒を停め、反対車線の小さな店の自販機でコーラを買い、岸壁のコンクリートで一服。
青い空と、白い雲。緑の中に、緩やかな流れの川。
白鷺が優雅に舞い降り、小魚を漁る。
ウルサイ程に、耳鳴りのように響き渡る蝉の鳴き声が、日本の夏を際立たせる。

「・・・これだよ・・・」

お気に入りのKENT ONEを味わいながら、夏を全身で感じる。

「これだよ、これ! オレが求めていた夏は!!」

去年の夏は、北海道を周っていた。バイク乗りとっての、一種の憧れの地。
ただし、オレは北海道人として・・・。

夏の北海道は最高だ。北海道生まれで北海道育ちのオレも、その意見には同感だ。ただし、あまりにも短すぎる。
オレの転勤した先、釧路なんて、霧ばかり。おまけに気温は低い。
週末はいつも、朝早くから釧路を脱出。北へ向かって、北見まで行けば、気温は30度。本別でも、足寄でも、帯広でも、気温は30度近くまで上がり、北海道の短い夏は感じられた。

とてつもなく広くて、透き通る、青い空。
真っ白な雲。鮮やかな緑。
信号の存在を忘れてしまう、長い長い道。
時折すれ違う、バイク乗りと、お決まりの挨拶。
バイク乗りにとっては、日本で最高の夏だと思う。

でも、釧路への帰路、白糠に入った途端、気温は一気に10度下がり、そして、霧・・・。

「・・・ふふ。、お前はこの閉ざされた世界から、出ることは出来ないんだよ・・・」
そう言われてる感じがしていた。

バイク乗りは言う。
「北海道最高!」

北海道のバイク乗りは言う。
「おまえら冬の北海道知らねえべ?」


もし、あのまま、北海道にとどまっていたら・・・。



・・・蝉の鳴き声に包まれながら、夏を味わえる幸せに浸り、独り、ニヤける。
「さて、とりあえず、この道を北上してみっか」

太陽はまだ高い位置で微笑んでいる。仕事のことを考える必要もない。夢にまで見た「最低限の束縛しかない自由」・・・。


大型ダンプが脇をかすめる細い道の路肩から、再び夕日色最高号とと、ちんたら流す。
しばらく北上すると、キャンプ場の看板を発見。とりあえず道しるべを頼りにキャンプ場へ行ってみる。

「ん? なに? 本日、悪天候のため、閉鎖中?」

今日は快晴。でも、2日前までは、確かに大雨が降っていた。まあ、平日なんでそのまま閉鎖を続けているんだろう。

「ま、先進むべぇ」

そのまま国道362号を北上する。
そのうち道幅は狭くなり、「国道」らしくない風景に変化していく。
「おいおい、大丈夫かよ、この道」

さらに走り続けると再び道幅は広くなり、そして峠越え。

「おっ、道の駅あんじゃん」

峠を越えた先の町には、小さな、賑わっていない道の駅があった。

「なんだ、道の駅らしくねえな〜、野宿できねえじゃん」
民芸品が売っていて、旅人よりも、観光客向けの野宿の出来ないタイプの道の駅。こんなタイプの道の駅は、嫌いだ。
さっさと先へ急ごう。

そのまま国道362号を南下し、再び道の駅に遭遇するが・・・。
「つまんね。先行こー」

道の駅はつまらないが、川の横を走り続ける道は快適で、ぷーバイク乗りも、軽くスラロームしながらご機嫌に走る。
「いいね〜いいね〜」
まったく、バイクって乗り物は、なんでこんなに気持ちがいいんだろう。
車は快適すぎるし、行く先々の空間と同化することが出来ない。
自転車は静かで、行く先々の空間と同化しながら進むことが出来るが、日常から離れた場所へ行くには、長い時間が必要となる。
バイクは、調度いい。それに、この力強さは、相棒として信頼できる。まるで、一種の生き物のように。

だいぶ陽が傾いてきたので、今日の宿でも探さないと、と思いつつ、キャンプ場の看板を探す。
「お、キャンプ場発見!」

再び道しるべに導かれキャンプ場の前まで行く。が、ここも閉鎖中。
「なんだなんだ、まだシーズンぢゃないんかい」
仕方なく戻り、再び看板を探しながら南下する。

「お、またキャンプ場の看板発見!」
川と並走している道なので、キャンプ場はある。看板に従い、砂利混じりの坂道を降りてゆくが・・・。
「・・・。ここも同じかよ」
また閉鎖中だ。まだ学校が夏休みじゃない時期の、平日なんてこんなもんか。

「仕方ない、南下するか」

道はいつしか国道473号となり、さらに南下をつづけるが、キャンプ場が無い。さっきまで見えていた真夏の女神も、既に西の山の向こうへ行ってしまった。
「おいおい、このまま行くと国道1号に合流しちゃうよ〜」

すっかり暗くなった夜道を、看板に注意しながら走る。
「おおっ、親水公園?」

公園なら野宿できそうだ。期待と不安に包まれながら、親水公園を目指す。この旅の記念すべき1泊目は、公園で野宿だ。
と、一瞬でも喜んでしまったオレが間違っていた。
「なんだ、これじゃ、プチ駐車場じゃん」
わざわざ降りて確認する必要さえないまま、結局走り続ける。

「あ〜あ、結局1号バイパスだよ・・・。」

バイパスに乗る前に、コンビニで腹ごしらえをする。おにぎりと、から揚げと、そしてお気に入りの充実野菜。地元ナンバーのヤンキーがたむろしている駐車場の、反対側に、荷物満載の夕日色最高号と、座ってメシを食う男。
そして、地図を広げ、この先のプランでも考える。

「うーん、ま、とりあえず西へ行っちゃうか。ぶらり東海道を西への旅だ!」

そうと決まれば話は早い。空腹を満たしたぷーバイク乗りは、1号バイパスに乗り、大型トラックの黒煙を浴びながらぶっ飛ぶ。
「このクソが〜、絶対おかしいって!」
こんな黒煙、環境に悪いのは見え見えなのに、一向に規制強化は進まない。もちろん、事業主にとってはコストアップだが、どう考えてもクソ公害な黒煙を、黙って見過ごす日本って国は、おバカな国だ。

と、言ってるオレも、触媒なしの濃い〜排ガス垂れ流しだが・・・。

そんな矛盾を抱えつつも、浜名バイパスを、キレイな満月を見ながらぶっ飛ぶ。
「きゃっほー、ぶっ飛びだぜえ!」

もう止まらない。スイッチが入ってしまった。I'm in the coolest FUNKY'S HIGH!

そのまま国道1号を豊橋へ。
「しかし、大型ばっか走ってんじゃん。黒煙すげーよ、マジで」
デカイやつらに囲まれながら、適当にすり抜けもし、名古屋へ入る。

「ふーん、COCO壱番屋って多いのね〜」
関東ではなじみの無いCOCO壱番屋だが、名古屋にはやけに多い。入ってみたい気もするが、ハイなテンションはそれを許さない。
そのまま四日市を過ぎ、鈴鹿に入った頃には、日付が替わって1時間以上経過していた。

「あ〜あ。走っちゃったよ。そろそろ宿探さなきゃな〜」

国道25号との合流で、デカイやつらが渋滞している中を、ゆっくりとすり抜けする。

「関宿か〜。どれどれ、おっ、いいじゃん!」

こじんまりとしたその道の駅は、こぎれいで、車の入れないポールの立つその先にバイクを入れれば、野宿には最高だ。
トイレで用を済ませ、黒煙で真っ黒になった顔を洗い、建物横の「天然足裏マッサージ石」の上を素足で歩く。
「く〜っ、キモチイイ」

バイクに乗りっぱなしだと、足がボケる。そんな時は素足で歩くと、最高にキモチイイ。
リフレッシュして、お気に入りを咥えながら、周囲を見渡す。

「さてと、寝ますか」

奥のほうの建物の影には、カブの先客がテントを張って既に爆睡している。適度に離れた場所に停めた夕日色最高号の横に、銀マットを広げ、横になる。
「今日は雨、降らないな・・・。蚊もいないみたいだし。」

疎らにしか星の見えない夜空を見上げながら、今日はテントは張らずに、独り夢の中へ・・・。


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