Go to south - 第1章
あれは確か、1995年の夏の事だった・・・ 「ふぁんきー、あさっての朝電話するから、そのときにね」 本社勤務になって4ヶ月、相変わらず仕事をしているのかどうか分からない状況ではあるが、大学の方は極めて順調だ。夜学ということもあり、昔の自分の価値観と同じ様な若い奴ら、そう、18、19才の奴らとつるむ事が多く、車やバイクの話が尽きない。そんな奴らと、やっと夏休みになった開放感から、清里の別荘へ行くことになった。 もちろん別荘といっても自分のではなく、機械工学科のイデのオヤジさんのだ。その話が持ち上がった時から、夏休みはその週に取ろうと思っていた。 「あー、やっぱ休みはサイコーだなー」 夏休みの直前までテスト期間だったことも手伝い、何とも言えない開放感に心は踊りまくっていた。 「明日は別荘か。うーん、今日はどうすっかなー」 天気は最高に御機嫌だ。風も気持ちいい。こんな日は外に出て、溜まったストレスを解放するのが、今後の生活を楽しむには必要なことだと、本能が解っている。 「うーん、どこ行こうかな」 昼も夜も、休みの日も忙しい日々が続いていたため、遠出といえば、ルート134、湘南海岸が精一杯だった。もっと遠くへ、色々な景色を。そんな思いを毎日描いていた。 「そういえば・・・、富士山って、行ったことないなぁ。うん」 決まりだ。目的地を決めるのに、そう悩むことなどない。思い浮かぶ目的地は無限に有りすぎて、悩んだところで最善など見つからないからだ。とりあえず外に出てみることが、今必要な事。早速タンクバッグを取り出し、カッパと道路地図とパンク修理キットだけを詰め込み、ジーンズとTシャツで外へ出た。 「ひゅー、すごいねー」 外に出ると、強烈な日差しが体全体を刺激する。時計の針は13時をまわったところだ。駐車場に愛車を止めて一服をする。YAMAHA XJR400。こいつとは、3年以上のつき合いだ。良く走ってくれている。北の大地では、多くの風景を共有してきたこいつとも、関東近郊は未開の地だ。エンジンをかけてから、駐車場に座り込み、地図を広げ、ルートを考察する。 「なんだ、東名川崎からまっすぐじゃねーか」 高速道路をまっすぐ走れば富士山の麓に着くなんて、便利なもんだ。暖機も終え、自分の両足がベッタリ付かない高さの愛機に跨った。 「よっしゃー、行ってみるかー」 住宅地を慎重に通り抜け、東名インターまでの道を軽く流す。5分くらい走ると、東名川崎インターのゲートだ。まだそれほど混雑している様子はない。 「おっしゃーっ、ぶっ飛べー!」 まずは足慣らしだ。追い越し車線を130km/hで流す。エンジンの乾いたサウンドと、スムーズに流れる排気音に、肌をかすめる風切り音。部屋の中では味わえない、心地よい感覚だ。しかし、その感覚を邪魔するように、全ての車線が徐々にスローダウンする。その中をゆっくりと追い越しを繰り返しながら先頭を目指す。車間が詰まっても、バイクには関係ない。もちろん渋滞時も機動力は抜群だ。 しばらくすると、先頭らしき車の集団が見えた。 「やっぱりな・・・」 お決まりの高速機動隊さまだ。まあ、奴らも仕事。法廷速度を守らないこっちが悪い。 しかし、奴らもプライベートではある程度飛ばすらしい。気持ちのいい感覚を知っているのだ。たぶん。そんなストレスの溜まってきた追い越し車線のオレたちの心を知ってかどうか、すぐインターを降りていった。徐々に全体のスピードが上がっていく。さあ、ブリバリ行こうか! 「なーんだ、結構気持ちいい道じゃねーか」 北の国から来たオレにとっては、こんなに混雑する高速道路は未体験である。そして、こっちの気候とこっちの景色も。新鮮味があるのが最大の魅力なのかもしれない。混雑する車線も、高速機動隊も、高濃度の排気ガスも、今の自分にとっては新鮮で、一種の人生勉強の1つだ。 「おーっ、調子いいぜー!」 車線がスムーズに流れているのをいいことに、スピードは徐々に高くなっていく。当然、法定速度は守っていない。悪いと解っているのに、でも・・・ 「ん?なんだこりゃ?」 表示板に、右ルート、左ルートと書かれている。なんだ、どっちへ行けばいいんだ?高速にこんな道があるなんて、初めての体験だ。少し速度を落として表示板を確認する。 「・・・なーんだ、どっち行っても同じか」 そうと解ると話は早い。再び速度を上げる。とりあえず、左ルートへ入ってみた。 「でも、なんで二手に分かれているんだろ?」 そう考えながら走っていると、何となく答えが見えてきた。そう、道が険しいのだ。そのために、カーブが今までよりも急になっている。それでもスピードを落とす必要はなかった。やっぱり高速は高速だ。走りやすい作りになっている。 「おー、富士山が近くなってきたなー」 気が付くと、さっきまで遠くに見えていた富士山が、だいぶ近くに見える。まだ1時間も経っていない。かなりぶっ飛ばしてきたようだ。 二手に分かれていたルートも再び一つになり、御殿場インターが近くなってきた。 しかし、体も、頭も、心も、そして相棒も、こんなに早くに高速を降りてしまっては、ちょっと拍子抜けだ。 「うーん、せっかくだから、もうちょっと走ってみようかな」 そうと決まったら、右手首を捻る力は緩めない。富士山より西なんて、いったいどんな土地なのか想像もつかない。しかし、頭の中は未知の土地への憧れよりも、風を切って走る快感に支配されていた。 「おおっっ!!、なっ、なんじゃこりゃーっ!」 それを見た途端、急遽スローダウンした。先日取り付けた油温計の針が見事に振り切れている。この温度が本当なら、オーバーヒート直前だ。エンジンはかなり回しっぱなしだったが、その分高速で走っているため、かなりの冷却効果はあるはずだ。こんな走りでオーバーヒートするような単車は、今の日本には存在しないはず。とりあえず、80km/hで流して様子を見る。 「・・・うーん、おっかしーなー」 針は一向に下がる気配はない。走りながらメーターを確認しているので、じっくりと針を凝視することが出来ない。もし、この温度が本当ならば、エンジンに手を近づけると、かなりの温度を感じるハズだ。しかし、手のひらには、あまり温度を感じない。 「もしかして、壊れたか?」 |